精神保健・医療・福祉関係者の方へ

回復プログラムとは何か、その重要性について

ダルクで使用されているミーティングハンドブックの5ページ目には「私たちが自分自身を受け入れたとき、多分生まれて初めて、無条件に他人を自分の中に受け入れることができるようになります」と書かれています。おそらく薬物依存からの回復とは、「自分の人生の価値を認める」と同義なのでしょう。

今苦しんでいる薬物依存者の回復までの長い過程を、長距離走で周回おくれになったランナーに例えてみたいと思います。 

薬物依存に陥り、人生でたくさんの価値あるものを失ってきたランナーは、少しでも早くそれらをとり戻そうと焦っています。しかしそれらの焦りは私たちのペースを乱し、たとえ無理に先頭集団に追いつくことができたとしても、残りの長い道のりを走り続ける力はもう残っていないかもしれません。きっと多くの薬物依存者たちはその焦りで自滅したのでは無いでしょうか?

初めは少し遅れ始めても「今は力を貯めて、準備が整ったらペースをあげて追いつこう、きっとチャンスはある」と考えて、前をいくランナーたちに何度も追いつこうとチャレンジしたでしょう。しかし、時間が経つにつれ、何度努力しても集団との差は開くばかりで、だんだん絶望やあきらめが心身を蝕んでいくかもしれません。もしそのランナーにとっての「人生の価値」が競争に勝って賞賛を受けることだったら、もう追いつくチャンスが無いとわかった時に走り続ける理由が見つかるでしょうか?

そして先頭集団がはるか彼方に見えなくなり、もう自分の周りには誰も走っておらず、もはや暖かい声援も耳に届かない暗闇に陥ります。
ダルクではそのような絶望の淵で足の止まりかけたランナーのような、今苦しんでいる薬物依存者に手助けをしたいと望んでいます。

まず、本人に「よう」とにこやかに声をかけ、彼の孤独を癒すでしょう。そして落ち着きをとり戻せるように支え、「どう?まだ身体は動く?きつかったら少し休もうか?」と、ランナー自身のコンディションに気づくように働きかけます。

競争に勝たなければ無意味だと焦るだけだった孤独なランナーはここで初めて自分と向き合います。沿道の風景に目をやりながら、コーチからさまざまな経験を聞かせてもらい、誰よりも早く走ることだけがすべてではなく、人生にはもっと多様なゴールがあり、「今の自分にやり遂げられること」に豊かな意味を見いだすことができるように手伝ってもらえるでしょう。

そこで役に立つのはプログラム(順番)です。はやる気持ちに任せて多くのことを同時に取りかかるのではなく、落ち着きをとり戻すコーチングによって、優先順位の低いものを「棚上げ」し、シンプルで第一にやるべきことから丁寧に仕上げていくのです。そのプログラムの大切さを身をもって知り、たくさんの仲間の経験を聞き続けたダルクスタッフの「焦らせないコーチング」が「リハビリの本質」なのです。

今、絶望と孤独に苦しんでいる薬物依存者がマイペースを取り戻し、新しい目標にむかって再び走り出せるように、これからもダルクは応援していきます。

東京ダルク嘱託精神科医 伊波真理雄