サポーターたより

薬にとらわれない喜び

山口哲哉

「お前、ダルクに行けよ、俺には合わなかったけどお前にはきっと合うはずだ」

ある警察の留置場内で知り合ったダルク出身者にそう言われました。“ダルク?何ですかそれ?だいたい自分が合わなかったのに勧めるなんて、変な人だな”とその時思いました。

十代の頃からシンナー、アルコール、覚せい剤と人生の大半が薬づけでした。シンナーを吸っていた頃、どうしても忘れられない記憶があります。今でもそのことを思い出すと手の震えが止まりません。あれは確か、僕が二十歳前後だったと思います。車の中で後輩3、4人とシンナーを吸っていました。始めは気分良く楽しんでいたのですが、一人の後輩とシンナーの奪い合いになり、怒った僕は近くにあったビール瓶で、その後輩の頭を何度も何度も殴ってしまいました。逃げるように家に帰りましたが、その後輩は一週間ほど寝込んでしまいました。ラリっていたとは言え、ひとつ間違えれば大変なことになっていました。出来ることなら思い出したくないことなのですが、絶対に忘れてはならない事だと思い、書かせてもらいました。

僕の長い薬中人生でもっとも止めづらかったのは覚せい剤です。始めた頃は仕事もプライベートも問題ありませんでしたが、徐々にクスリ中心の生活になり、やがて仕事を辞め、友人もいなくなりました。それから逮捕されるまでの7年間は引きこもって覚せい剤を使用する毎日でした。薬物を使っている事を人に知られたくないので、人付き合いを避けました。話し相手といったら母親と外国人の売人しかいませんでした。自業自得とはいえ、孤独な日々でした。しかし母親は、僕の様子がおかしいとは感じながらも薬物中毒とはまったく疑わなかったそうです。なぜなら、僕は太っていたからです。それも覚せい剤を使えば使うほど不思議なことに体重が増えていきました。

体重が増えても人生に大切なものはたくさん失いました。最も悲しかったのが、僕が心の底から信頼していた先輩の死でした。今でも彼を思い出すととても辛い気持ちになります。実はその先輩に覚せい剤を教えてもらいました。職場で憧れの先輩だったので誘われたときは断る理由がありませんでした。しばらく二人で面白おかしく使い続け、そして徐々に破綻していきました。彼の自死を知った時、前日まで一緒に使っていたのでとてもショックでした。それでも僕は覚せい剤を使い続けるしかありませんでした。もうどうすることもできず、覚せい剤があっても苦しい、なくても苦しいという生活でした。お金の出どころは母親でしたが、毎回嘘をつくのにも疲れ果てました。‘これ以上親に迷惑をかけたくない’と、僕も先輩の後を追っかけて死を考えました。しかし、‘死にたくない’、‘薬物中毒のまま死ぬのはいやだ’と踏みとどまりました。

ある雨の強く振っていた日の真夜中、僕は逮捕されました。この逮捕がターニングポイントになりました。あの時逮捕されていなければ、留置所でダルクの人に素敵なメッセージをもらっていなければ、僕はまだ使い続けていたでしょう。

執行猶予判決で釈放された僕は、その足でダルクに向かいました。最初に「あなたは病気なんです」と言われました。その言葉を聞いてなぜかホッとしたのを忘れません。それからまもなくして、ダルク入寮生活が始まりましたが、ここで色々なことを仲間たちから教わりました。依存症について、自分の欠点や問題点について、人間関係について、その他回復に必要なことをグループミーティング中心に学びました。共同生活だったのでストレスもありましたが、周りが同じような仲間だったので安心感もありました。互いの思いを分かち合い、生活リズムを整えながら、覚せい剤を使わない日が一日一日と伸びていきました。あれだけ覚せい剤なしでは生きられなかったのに、やめ続けられていることが不思議でした。

一年経った頃、仕事に就きました。しらふで働くことはたいへんで、何度か転職しました。3日で辞めたこともあります。しかし、仕事が続かないからといって誰からも責められませんでした。何度かチャレンジするうちに自分に合う仕事が見つかりました。半年ほど続いたところで、ダルクを退寮しアパートでの一人暮らしが始まりました。

ダルクを退寮して気付いたことがあります。それは仲間のありがたみです。ダルクから一歩外に出ればそれはそれは厳しい社会が待っています。しらふで働くこともたいへんなのにそのうえひとりで生きていかなければならないなんて、自信が持てませんでした。そんな時に助けになったのは、毎日仲間の顔を見ることでした。仕事が終わって自助グループのミーティングに参加するとそこに仲間がいました。一日のうちで一番リラックスできる時間でした。

ダルクを退寮して一年過ぎ、なんとか薬物を使わずに生活しています。仕事も続け、経済的にも自立できました。生きてて、辛いこともたくさんあるけど、少しづつだけど、薬にとらわれない喜びを感じられる今日このごろです。

掲載日:2018年2月10日