チョロ松の回復(8)
ミーティング場に着くと、司会を任されたのでやることにしました。この日のテーマはすぐに決まりました。
「正直さ」
正直になることの清々しさについて、先攻の僕の話は自分の経験を踏まえながらも内容はチョロ松に当てつけたものでした。
これ対して後攻のチョロ松は
「男には正直さよりも大切なものがあります。それは負けないこと」
と返してきました。まったく譲るつもりはないようです。ミーティングが終わって帰る道すがら、今度は僕の方から勝負を挑みました。
「チョロ松、味噌ラーメン食いに行かないか」
「ああ、いいっすよ。行きましょう」
薬物の経験者なら誰でもわかると思いますが、アッパー系の薬をつかっている時は食べ物はのどを通りません。ましてやパンや麺を食べることなど、修行僧の苦行に近いものがあります。チョロ松は二つ返事でOKしましたが内心「マジかー」だったはずです。それでもすました顔を崩さないので、ラーメン屋に着くなり「味噌チャーシュー、大盛り二つ!」と勝手に注文しました。
(お主、これが食えるか)
(ええい、しゃらくさい、食ってやらぁ)
僕と同じ速さで麺をすするチョロ松を見た時、
(これが八王子の暴走族の意気込みか。気合入ってんなー)
なぜか感服してしまいました。あろうことかスープまで飲み干したのでこの勝負は僕の完敗でした。
帰る道すがら、「実は、、、、、、」と言ってくれないか期待しましたが、お互い何も語らずほとんど無言で帰寮しました。
翌日出勤するとチョロ松が一目散に走ってきてこう言いました。
「黙っててすみません。使いました」
(えっ、今日になって今ごろ)と思いましたが
「そっかそっか。やっと言えてよかったじゃん。それにしてもチョロ松は口が堅いよな」
「いやーすみません。もっと早く言いたかったんですけど、アキモさんにあんだけ引っ付かれたら無理っすよー、あんたも人が悪い」
「ははは。そりゃ悪かったね。鬼のような顔して味噌ラーメン食ってたもんなー」
「ほんと、地獄の苦しみでした」
「今日からどうする。まだ使いたい?」
「いいえ。もう懲り懲りです。ダルクで使っても何も面白いことありません。もう打ち止めです」
「そっか。早く第一ステップ(薬物依存に無力を認めること)を手に入れられるといいね」
「ええ。今日からしばらくは“正直さ”をテーマにミーティングで話をしていくつもりっす」
不思議なことにこの日からチョロ松の薬物使用が止まりました。