コロンゼ登場(6)
(ん!?)何かがおかしい、どういうわけか1秒も気持ちよくない。スゥーッと後頭部に抜けるはずのあの快感が、39年の人生すべてを捧げて追い求めたあの快楽の瞬間が、目を閉じてその一点だけに集中して念じて、ついぞやってくる事はありませんでした。(これはどういうわけや)泣きながら必死に次の1発を用意しようとしましたが、幻聴が聞こえてきて諦めました。それは関西に残してきた彼女の声でした。
「ここでこんなことしてたらあかん」
ハッとして、コロンゼは思わず山谷を飛び出しました。数日間壊れた頭で、夢か現実かわからずさまよい、幻聴に導かれるままにたどり着いたのが、なぜか一番戻りたくなかった茨城ダルクでした。施設長の岩井さんに「野宿してシャブを切ってこい」と言われて、(やっとこさここまで来たのになんて仕打ちや)と信じられない思いでしたが、自分自身がもうやぶれかぶれでした。ダルクを離れた途端、立ち止まったら逮捕されるという無間地獄のような妄想に取り憑かれてしまい、歩き続けねばなりませんでした。何日かして足腰がいうこときかなくなって仕方なく橋の下に身を隠して眠りました。目が覚めると、なぜか仲間に会いたくなり、皮がめくれてヒリヒリする足を引きずりながら築地のミーティング場に向かいました。
干上がる寸前だったコロンゼに、更に追い打ちをかけるような出来事が待っていました。
「コロンゼの彼女、オーバードーズで死んだよ」
メンバーの口から最後通告のようなそれを聞いて、腰が抜けました。(神様、なんて酷な仕打ちや)何も信じられず、悲しみにくれる間もなく、土壇場の力を振り絞って、一路京都に向かいました。
すでに彼女は荼毘に付されており、コロンゼは線香をあげることしかできませんでした。彼女が亡くなったという現実に直面し、コロンゼは何もかも失いました。彼女の母に話を聞いているうちに、彼女が亡くなったのがちょうど自分が山谷にいた時刻だと知り、なんだかとてもやるせない気持ちになりました。
(あの幻聴は天国の声やったんや)コロンゼの心に少しずつ正気が戻り始めました。帰り際に、彼女の母に声をかけられました。
「あなたも、数少ない回復者の一人になってください」
この一言がターニングポイントになりました。
「わかりました。もう一度やり直してみます!」
茨城ダルクに帰る車中、コロンゼの心が感じていたのは(もう使えない、そしてもう失うものは何もない)という無力感でした。茨城ダルクの寮に戻ってから、男ばかり20人ごった煮の過酷なリハビリ生活がスタートしました。もう何度そんな生活をしたか忘れましたが、いつもなら湧き上がってくる不平不満が今回は全く生じませんでした。6畳一間に4人の暮らし、犬の散歩から食事風呂当番、岩井さんの怒鳴り声、片道2時間かけて行くNAミーティング、夏の暑さ冬の寒さ、ダルク生活の不満を挙げたらキリがありません。しかし、生きることがどうにもならなくなった今、自分が助かるためには、仲間を信じて一日一日前に進むしか道はありませんでした。肩の力が抜けて余計なことを考えなくなった分、茨城でのリハビリは順調にいきました。正直さ、素直さは彼が持つ最大の武器であり、ダルクプログラムにおいても十分にそれを発揮して、3ヶ月も徹底するとエネルギーが満ち満ちてきました。ついこの前までの、ドヤ街で野垂れ死にそうだったコロンゼの姿はいつの間にか消えてなくなり、多くの仲間を惹き付ける回復者としての存在感が日に日に増していきました。