サポーターたより

コロンゼ登場(4)

秋元恵一郎

A病院のベッドが空いたとの連絡が来たので、腑抜けになったコロンゼのケツを叩いて大急ぎで連れていきました。一通りの入院説明を受けて、保護室へといざなわれていくコロンゼを見て僕は安心しました。(これでようやく楽になれる)まるでフルマラソンを走りきった後のような心地よい疲れと開放感に浸りながらダルクに戻りました。その後にA病院の医師看護師スタッフたちが味わう苦悩は、この時まだ、知る由もありませんでした。

覚せい剤に身を焦がされて廃人になったコロンゼでしたが、人間の生命力、回復力とは不思議なもので、保護室で手厚い看護を受けているうちに少しずつ体の自由が効くようになってきました。しかし、体が正気に戻っても心は相変わらずおかしなままなので病院のスタッフたちは、この得体の知れない狂人に暫くの間振り回されます。タバコが吸いたい、カツ丼が食べたい、お菓子が食べたい、テレビが見たい、彼女に会いたい、といった回復初期に見られるわがまま放題(これとて常軌を逸している)にその都度丁寧にかかわってくれていましたが、“ある事件”によって、この都内随一と言われるA病院依存症病棟の面倒見の良いスタッフさんたちもコロンゼにはサジを投げることになりました。

その事件は彼が入院して2週間が経った頃に起こりました。ある晩、ナースコールが鳴って看護師のHさんがコロンゼのところへ行くと「落ち着かない、眠れない、幻覚が見える」と訴えました。これは実のところ虚言であり、訴えの真意はセレネースを注射してもらうことでした。まだ駆け出しの看護師Hさんでしたが、何となく不信感を抱きつつ「明日先生来てから診てもらいましょう」と流しました。依存症患者は入院して2週間もすると体力が戻ってくるので、一日中何もせずにベッドにいるのが苦痛になってきます。そうすると刺激を求めてあれやこれやと騒ぎ始めるのです。多動傾向の人が多いですが、コロンゼの多動は特A級なので一筋縄ではうまくいきません。どうしてもセレネースが欲しくて「落ち着かない、そわそわする、何とかして欲しい」とねちこく執拗に訴えてくるので、はじめは「大丈夫ですよ、お話しましょうか、歩きましょうか」と優しく対応してくれたスタッフさんたちも、最終的には皆ギブアップして先生に助けを求めました。

主治医のI先生は看護師Hさんに「セレネースは打てないからタスモリンでも打ってあげて」と指示しました。Hさんはすぐに準備をしコロンゼの病室に向かいました。
「先生のOK出ましたよ。注射しますから、うつ伏せになってもらえますか」と言ってコロンゼのお尻にプスッと薬を注射しました。

次の瞬間驚いたことに、
「あかん!なんやこれ、タスモリンやんけー」とコロンゼは怒り始めました。
「セレネースちゃうやん」
「いやっ!?そんなはずは、、、」
「間違いないタスモリンや」
「そんな、え?どうしましょ、、、」
突然窮地に立たされたH看護師はヒャーとナースステーションまで一目散に走りました。
「先生、バレてしまいました」
「え?なんで?そんな事あるんですか」
「はい。薬品名まで当てられました」
この強者の反乱に一瞬場が凍りつきました。
「あの患者はソムリエか?」
「はい、あの人のお尻は騙せません」
相手は何しろ精神科入院歴41回の強者です。一瞬でも気を抜いたら一気に攻め込まれてしまうでしょう。先生は慌てて本人のところに行き、コロンゼの回復にセレネースは必要ないことを最大限の誠意を持って伝えました。
「わかりやした。ほな、早う退院させて-な」意外と素直なコロンゼ。

しばらくしてからダルクに電話があり、翌週退院することになりました。
病院に迎えに行くと相変わらず「嫌ってへんか?」と連呼しますが、思いの外スッキリしており、(これならダルクに戻っても問題ない)と感じました。I先生、H看護師に一連の出来事を聞いて僕は平身低頭、平謝りするしかありませんでした。

「ご迷惑おかけしてすみません」
「いやいや彼には病棟スタッフ皆鍛えられましたよ。こんな人はホントに初めて。難しいかもしれないけど、彼が回復できたら僕らも大いに自信がつくねぇ」
褒められてるのか貶されてるのかわからないお言葉でしたが、ありがたく頂戴し病院を後にしました。
「アキモト、嫌ってるやろ?」
「はい!大嫌いです!」思いっきり罵ってやりました。
こうしてコロンゼ人生最後の精神科入院、42回目の入院生活を終え退院しました。

(後日談ですが、平成31年4月現在、I先生は都内で開業医として、いまなお依存症治療の最前線で活躍しておられます。H看護師はA病院の看護部長に出世し、250人のスタッフを率いる長として日々重責にあたっておられます。)

掲載日:2019年5月17日